WWWをあちこちフラフラしていたら、思いがけず良いサイトを見つけた。mori氏のUNKNOWNだ。
サイト構成が分かりやすいし、何より今まで感じてきたことが私に近い。mori氏はFtMなので、私とは全く逆転してはいるが、方向性が反転していても構造は近いと思う。
それにしても、mori氏の自分史はまとまっているし読みやすくて素晴らしい。触発されて、私も早く自分史を公開しようと思った。
今公開の準備をしている自分史は、私がこのサイトで一番書きたかったものでもある。結局、「このサイトについて」にも書いてある通り、このサイトの主たる存在意義は私の自己満足なのだろう。自己満足にせよ、これまで資料をまとめてきた経験は当初想像した以上に多くを私にもたらしてくれた。
私は基本的には自然科学の視点で世界を把握する人間だと思う。それが「性同一性障害の概要」を書いた理由だ。性同一性障害というものが自然科学から見てどのように位置づけられるのか、また典型的にはどのような性質を示すものであるのかを調べ考察することを通じて、私は初めて私がどういうものであるのかを少し把握できた。
私が性同一性障害者という性質を持っている以上、私が私を知るためには自然科学の基本的な手法である「ものを分解して分割して観察し、モデルを立てて因果関係を調べ……」という形に基づいて性同一性障害を知る必要があった。
私が何者であるのか、私はずっと考えていた。人間は何かに所属しているという感覚が無いと不安になる傾向があるらしい
。私たちの文化に属する多くの人にとって性別は自明な所属感覚として機能している。でも、私はその恩恵を得られなかった。
少なくとも男性であることにはあまりにも無理があった。しかし、自分の身体を見れば女性でないこともまた明らかである。それはいったい何なのだろうと私は思っていた。当時は未だ性別が二種類であるという迷信を信じていたので、身体の性に基づいて自分の状態を認識しようとした。しかし、その間違った前提は論理の迷走と幾つかの常軌を逸した行動を導くだけで、結局そこからは何も得られなかった。
色々迷いはしたけれど、私は性同一性障害という言葉にたどり着いた。自然科学を学んできた者としての私は、性同一性障害という概念によってこそ私の辿ってきた道を矛盾なく説明可能であると考えている。そのことによって、私は私が何者であるかを少しだけ把握したのだ。
お姉さまのパソコンを買いに、一緒に秋葉原へ行った。結局今日は買わずに帰ったのだが、ショップブランドで良さそうなのはいくつかあった。それから、ちょっと値段は張るけれどLavieの新モデルは機体のデザインが良かった。
それにしても、しばらく行かない間に随分とオタクの街になったものである。昔良く来たラジオ会館は、かつての姿は見る影もなく海洋堂やらK-Booksやらで埋め尽くされているし。怖いもの見たさでお姉さまとフィギュアのコーナーを見たけれど、うーん、濃ゆい。半分ぐらいはネタが分かってしまうあたり、まあ私らも同類なのだが。
今日の目的は3つ。買うべきパソコンの目星を付けること、オタクショップ観光、最後の1つはメイドさんカフェだ。少し前に某所で話題になっていたCafe Mai:lishに行ってきた。分かるとは思うけれど、要するに店員さんがメイドさんルックな訳だ。
内装は可愛い。色遣いや何かがややセル画的なのに目をつむればまあ良いでしょう。 味も悪くなかった。格別おいしい訳ではないけれど、値段を考えれば妥当な味。紅茶は良かった。紅茶400円だったらどうしようもないような代物を出す店も多いのに、Mai:lishの紅茶はまともだった。
それはいいんだけど、スタッフを元にしたキャラクターのロリなアニメ絵が随所にあるのはどうかと思う。その絵でグッズ作って売ってるし。通販までしてるし。それも売りの1つなんだろうけれど、私はそれにはついていけない。
Modern C++ Design を読み直した。
サポートされているデザインパターンのうちいくつかは、最初読んだときにはいまいちピンとこなかった。多分自分で使ってみたことがなかったからだろう。 だが、今日は違った。つい先日勉強のために GoF本 を読みながらいろいろやってみたからだ。Visitorの実装の手間も少しは分かっただけに、Lokiの有り難みが分かった。
オタクの語彙でいうなら「Loki萌え〜」だ。自動化されたAbstract Factory, 柔軟なSmart Pointer, それを支えるTypelist。Loki萌え!
久しぶりにあべメンタルクリニックに行ってきた。前回行ったときに書いてくるように言われた「自分史」に随分手間取ったためもあって、ここしばらく行っていなかったのだ。
自分史に書くべき内容は大したものじゃない。でも、思い出すだけでも辛いような事柄も色々含まれていて、思い出そうとする端から記憶がこぼれ落ちていったり、思考が止まってしまったりして、なかなか書けなかった。ただ、そんな状態だからこそ、私はそれを思い出し整理して書き留めるべきであると思って、私は書いた。阿部先生が仰るにはどうやらそんなに必死に書かなくても、もっと簡単にまとめたもので良かったらしいけれど。
提出した自分史は、差し支えのある部分を修正した後、このサイトに公開するつもりでいる。