今更だけど、サイトの趣旨から言ってもやっぱり一応コメントしておくべきなんだろうな……。
「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が2003年7月10日午後の衆議院本会議にて全会一致で成立した。2003年7月16日から施行される(関連)。
性同一性障害者が直面する様々な制度上の困難を法的に解決するという点に於いて、日本は先進諸国の間で著しく遅れていたけれども、今回、自民党の性同一性障害に関する研究会の中からこの法案が生まれ、ようやく一歩、踏み出した。
この法案は、2人以上の医師から性同一性障害と診断され、次の5つの条件を満たす性同一性障害に対して、家庭裁判所の審判によって戸籍上の性別の記載を変更することを許可するというものである。条件は下記。
私としてはこんな感想を持った。
どうやら「同性婚を認めるわけにはいかない」という意図から作られた条件らしい。私は「同性婚かそれに準じるパートナー制度を是非とも作るべき」という考えだけれども、一般に同性婚が可能になる以前に性同一性障害者にだけ認められるという状況が好ましいとは思わない。
なので、現状ではこの条件に賛成。将来、同性婚が可能になった時点でこの条件が削除されることを期待したい(私自身は結婚するつもりはないので関係ないけれど)。
これが一番問題なんでしょうね。子どもの地位の混乱を防ぐのは大事だけれど、でもどうしようもなく道をふさがれてしまう人がいるのは何か違うと思う。
正直、性別違和感を抑えて結婚できたりあまつさえ性行為すらできてしまう当事者の気持ちって言うのはどういうものなのか、私の想像を超えていて、だからあんまり共感できないのだけれど。でも、たとえ私の感情は彼らの身になって考えることができなくても、私の理性は「この条項はおかしい」と言っている。
健康上・経済的理由でSRSを受けられない人の問題が残ってしまうけれど、当面はやむを得ないと思う。私はより良い解決策を思いつかないから。将来的に何かもっと良い方法が出てくることを祈ります。
上に同じく
感情は好きだ。以前の、性別違和感について考えることを避けるあまり感覚を全て押し殺そうとして、自分が機械的であることを望んで、次第に感情の起伏が無くなっていったあの状態は、今思えば酷く窮屈だった。体温が少しずつ無くなっていって、手足の感覚も無くなっていって、そしてその空隙に私が望む人格パターンを差し込んでいって、次第に私が私でないものに置き換わっていって、私が私の望む私でない何かになっていく。
だから、それに比べたら今の私は随分と自由になった。
昔読んだことのある少女漫画が文庫化されていたので何となく買って読んでみた。昔は見えなかったことがたくさん見えることに気がついた。昔はどうしても好きになれなかったキャラクターに感情移入できたりもする。汚い感情、憎むこと妬むこと、手に入らないならいっそ死んでしまいたいと願うこと、哀しい気持ち、そういった経験の上に在る私のことを、私は好きだ。
それはそれとして、死にたい。何となく。