「プログラマの3つの徳目は無精・短気・傲慢」とは、言わずと知れたLarry Wallの有名な格言。「短気だからこそ省力化を追求し、無精だからこそコンピュータを働かせ、傲慢だからこそ質の低いモノは出さない」。
今週の仕事はそれはもう保守保守保守。短気なプログラマの心は「とっとと設計からやり直すべし」と叫び、無精な心は「こんな定型処理はCPUに任せるべし」と叫んでいるけれど、そんな工数割けないし。一応、これが会社の恒常的な利益の源ではあるっぽいけど、あんまり手の込んだことをして改善しても利益は増えないし。あぁ。つまり傲慢さが足りないのね。
とりあえず、まだ保守できるレベルだからと、なんとかコピペで対処。心が痛む。やっぱりやり方がまずいんだよね。コアのオブジェクトが妙に非オブジェクト指向的で。

あなたがいたから、ここまで歩いてこられた。ありがとう。
でも、重荷にはなりたくない。
私はechoのように。求められて、それを返すだけ。それは正しかったのかな。
大好き、ということすらもあなたを縛り付けて、でも、それはそうなんだから仕方がなくて。
ただ、私はここにいるよ。覚えておいて。
まぁ、新しく得るものはないだろうけど一応原典に目を通しておくべきだよね、と思って読んでみた。期待通りと言ったところ。
今から見れば、これを知らないでC++の仕事でお金を取ったら詐欺だよ、という当たり前のことを列挙しているに過ぎない。でも、初期にこういうアドバイスを一冊の本にまとめたという功績を無視してはいけないし、というか、この本があってこそ「当たり前」になったんでしょうね。結局GoFのデザパタ本と同じような位置づけなんだろうか。C++初心者が二冊目の本として読むなら語り口も親切だし、いい本だと思った。
休学を検討しています。塚田先生にも、「やるべきこと」を減らすように言われていますし。
今日、教授にも相談してきました。「君が考えたことなら、それが適切なんだろうね」ということでした。
うつ病のせいなのか、抗うつ薬のせいなのか、それともホルモン剤の影響なのか。私の中にかつてあった数学を見るための「視覚」が今の私の中にはありません。数学に携わる人間には、自己の外側に超越的な数学的世界の実在を信じる者とそうでない者がいて、私は信じる者でした。数学的観念の形而上の存在としての実在を、論理記号の向こう側に感じていました。それは、プラトンの言葉を借りるならばそれは理性を通じてイデア界をのぞき見るための五感に準じる独特の感覚なのかも知れません。その感覚が、今はどこにもない。今の私は、記号操作をすることはできてもその向こう側にある数学そのものに触れることはできなくて、でも、もし叶うならば再びそこに触れてみたくて、だから、これが回復可能なものであるのかを確かめるために、時間が欲しい。
朝、夕べのみ忘れたメイラックスを飲んだせいかな。眠い〜。大体、今日のお仕事も眠い〜。テスターって嫌い。いいけどさぁ、やるけどさぁ。