Eclipseのプラグインを何となく開発してみたい。が、日本語資料は非常に少ない。
プラグイン開発プロジェクト自体は、Eclipse上で容易に作成できる。新規プロジェクトを作成する際に「プラグイン・プロジェクト」を選択して後はウィザードに任せればよい。テンプレートを選択して、サンプルコードを生成させることもできる。問題は、そのあと、どうしたものか、ということだ。
以下は脈絡のないメモ。
あのですね、何故に一カ所だけ違うメソッドをコピペで大量生産しますか。見てるだけで気分が悪くなるのは私だけですかそうですか。
まぁ、(この業界の時間では)随分前に退社したと聞くコボラーのやることだから仕方ないか。
以前、連携しているWEBサービスプロバイダの停止に伴って、Webアプリケーションに一時的な非常対処コードを組み込んだことがあった。そのコードは、サービスプロバイダの復旧とともに削除したのでその自体は問題なかった。通常の保守作業の一環に過ぎなかった。その筈だった。しかし、そのコードが社内でコピペされたために、他のアプリケーション内で思わぬ障害を引き起こし、対処に半日を要した。
この問題は非常用のイレギュラーな動作を加えてあることがより明示的であれば、防げたかもしれないとも思う。AOPの機構をヒューマンエラーの低減のために利用できないだろうか。

ちょっと前までは仕事ではPostgreSQLしか使っていなかったからPostgreSQLのマニュアルで間に合っていたのだけど、最近の新しい案件でMySQLだのSQL Serverだのも使うようになって訳が分からなくなってきたのでここらで手軽なリファレンスが欲しくなった。SQLで要領よくまとまった本って意外と無いんだな〜と、探しながら思った。
探した末に選んだのがこの本。標準規格への対応っていうのは大切で、だからSQL99にきちんと言及しているっていうのは絶対条件だった。でもそれだけじゃ意味がない。各処理系の対応状況や独自拡張もきちんと書かれていなくては。そして、今更入門的な説明なんかいらないし、その辺をくどくど書いてある本は困る。その条件を全部満たしたのがこの本だった。
各オブジェクト, 文, 句, 演算子, 関数, ストアードプロシージャごとに、標準規格での位置づけと各処理系の対応, パフォーマンスその他がまとまって書いてある。
それにしても、ソースネクストの1980円 DB2って魅力的だなぁ。

私はAWKはワンライナーぐらいにしか使ったことが無かったので、ここらでちゃんと覚えると、PerlやRubyを使うには大げさなときに便利かな、と思って買ってみた。最初の方は基礎的な文法から丁寧に説明してあって、入門書としても良い感じ。それでいて内部動作にもきちんと触れている。軽いようで中身は濃く、濃いようでふざけている。だって、そうでしょ。
256倍シリーズだもん
command.comだのautoexec.batだのconfig.sysだのと懐かしい言葉が時折現れるので良くみてみたら、1993年の本だ。でも今でも十分すぎるほど使える。後半になると、リファレンスを一通り読んだだけではなかな分からない色々なTipsがある。
流石は256倍
昨日(じゃなくて、もう一昨日か)、病院でちひろさんに久しぶりに会った。随分大人びていて、すっかり「女性研究者」っていう感じ。ゲーム理論のテクストを読んでいた。囚人のジレンマってちゃんとモデル化するとあんなに複雑なのね。昔、Newtonの記事で囚人のジレンマの話を読んで、それに基づく異種間生存競争モデルを実装してみたことはあるけど、動かして遊んだだけでちゃんと考えたことはなかったな……。
そういえば、去年の学部の卒業研究で、生存競争モデルを微分方程式の形でモデル化して研究してたグループがあった。囚人のジレンマに似た印象だったので、先生に聞いてみたらやはり本質的には近いもので、連続的モデルか離散的モデルかの違いだとか言ってた筈。
毎度ながら、ちひろさん綺麗だよね〜。私にとっちゃ、あの病院は「家の近所」っていう認識なもんで、ついついテキトーな格好で行ってしまって、比べて恥ずかしい限り。
それで、病院が終わった後、今日は節約して早く帰ろうと思っていたのだけれど、靴下屋に寄ったついでについフラフラと服を買い、そのままついつい本を買い込み、おまけに閉店セールをやってる店があってCD/DVDが安かったものでそれまで買ってしまい……あれ?
買った本は殆ど技術書だけど、今回は軽い読み物的なものばっかり。
家に帰って、ソフトウェアの匠を読みながらボルケーノを見てたら、見始めたとたんに地震があってびっくりした。
このblogでも、あるいはそれ以外のこのサイトのコンテンツでも、書籍を参照する際にはAmazon.co.jpへのリンクを張っている。詳細なデータは書いてあるし、必要ならばそのまま注文できるし、便利であろうという思うので。まぁありがちな選択ではある。
で、bloggerたちはこういう作業を自動化するためにプラグインを開発していたりもするわけで、そのあたりの設定を本日行ったのでメモしておく。
目標はHyperNikkiSystem 用 ISBN タグ拡張リリースの様に、asinを指定するだけでamazonから情報を引っ張ってきて表示すること。
まぁ、私がもうそんな歳じゃないっていうのも面白く感ぜられない一因ではあるんでしょう。というか、この連載を読むまではそれが原因のすべてだと思っていた。でも、ライトノベルの側にも変質が、やっぱりあるんだなーと。いや、私が好きなのはジュニア小説の名残を留めた少女小説の時代なのであって、ライトノベルというものそのものが私にとっては何か違うんだな〜と。
今のように流行始める前のマリみてに感じたのは、そんな懐かしい空気だったように思う。ある日、地元の古い書店で面白い本を探してさまよう内に狭いコバルトの棚に辿り着いた。偶々一冊だけ置いてあったあの本を見つけて、丁度マリア崇敬の歴史について勉強中だったこともあって、何気なく手に取った。それで、夢中になったんだった。友人にも勧めて「ごっこ」をして遊び、未だにオンラインでは志乃さんのこと「志乃お姉さま」って呼んでる始末で……。
行き過ぎたメディアミックスというか、例えば大塚英志的なもの。彼が自ら分析して(物語消費論は良かった)、多少の謙遜を含めつつも実践する「読み捨てられる物語」。私にとって小説は、そういうものであっちゃいけないのだ。コミックは好きだし、大塚英志作品だって好きだ。そして私はまさにそれを「消費する」。『サイコ』は不気味なほど『物語消費論』の実践であって、私は彼が描いている通りの消費者に違いない。でも、私にとって小説は違う。小説はやっぱり窮極的にはブンガクであって物語消費の対象ではない。だから、消費されるために生産される小説を読んでも求めているものとは違って満足感が得られないのだ。
私の世代よりもほんの少しだけ早く、頭上を通り過ぎていった、少しだけ背伸びをして手を伸ばして断片を掠め取ることができたあの少女小説の黄金期を懐かしく思い出す。「このライトノベルがすごい!」の中で早見裕司が分析している「自立心と反抗心」あるいはそれに類するもの。久美沙織も引用しているけれど、吉屋信子の「まことより嘘が愉しや春灯」とまで言い切る、青臭くとも一定の志向を持った思想性。それが欲しい。そうだよねぇ。吉屋信子なんかはそれがenLIGHTenmentであるという意味でライトノベルではあったかも知れないけれど、でも、軽く読み捨てられる小説ではないんだよねぇ。
私は吉屋信子に続くものを読みたい。森奈津子はそれを目指すと公言してるし、あの人の作品がなかったら今の私はないという大先生ではあるけれど、何かとギャグに走りがちだしねぇ。

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夏あたりからだろうか、私が何気なく上司にリッチクライアントの話を振ったのとたまたま時を同じくして、リッチクライアントという言葉を耳にする機会が急に増えてきた。7月末には爆発的に雑誌記事・書籍が出た。なんというか、偶然とは思えない絶好のタイミングだった。別に深い考えがあって振った訳じゃなかったのに。
何にせよ、職場には恵まれたと思う。
前の職場も恵まれていた。GIDっていう状況で社会適応していく試行錯誤の過程にはうってつけだった。接するのは変わり者の研究者ばかりで私はあまり目立たなかったし、自宅で仕事さえすれば文句は来なかったので、試行錯誤する時間的精神的余裕があった。そして、金銭的にも。某巨大グループの末端、アルバイト給与も予算消化せねばならないと言うお役所体質が、私を金銭的に保護してくれた。派遣という形で会社とは適度に離れていたので、そのお役所体質が私に害をなすこともなかったし。
今の職場もまた、最高だと思っている。若い会社だから独特の活気がある。でも、無意味な空騒ぎというのはなくて(何しろ、飲み会すら全然無い。呑めない人が多いって言うのもあるんだろうけど)、しっとりと落ち着いている。GIDについても理解を得られていると思う。
上司がまた、最高のリーダーなのだ。小さい会社だから、一人で「人事兼企画兼PL」という感じだけど、技術系出身だから技術面で一定の知識は備えている。最近の技術動向についてもポイントをまとめて説明すれば通じるし、話が通じるのみならずそれを元にして迅速に戦略的判断を下す。私が振った技術ネタを元に新しい企画をまとめたりもする。顧客や経営からのプレッシャーを過剰に現場に伝えず、いわゆる「防波堤」型管理職の能力もある。企画、プレゼンテーション、チーム管理については言うまでもない。
よくは知らないけど、会長、社長も他に幾つも会社を持っていて経営能力は信頼きる感じだし。まだ直接話したことは殆ど無いけれど、現場を(というよりもその上司を)信頼していて、経営としての必要な指示、あるいは若い人へのアドバイスというものは与えるけれども、過剰に現場に干渉する感じではない。技術には詳しくない人だから、これは多分適切なこと。流石、やり手の人は違うというか、この業界の知人たちから聞く「旧世代の遺物が年功序列で成り上がったタイプの大企業の部長」とは大違い。
新しい技術に見境無く飛びつくことなく、かといって逃げ腰でもなく、センサーを張って機会を見計らう体質も期待できる。Mozilla開発者ザヴィンスキーの言うところの「会社を成功させたいために働きたい人」による「小集団」である。
私たちは幸いにして成功できる可能性がある。だから成功させよう。これはハッカーとしての素直な気持ちである。