"関連仲間文化圏"を殺そうとしてはならない。でも、ではどうするべきか。難しいところだ。
一連の「トラックバック論争」の中で「文化圏の違いを理由にしてもtrackback spamは許されない」という記事を拝見した。私は"言及リンク文化圏"の住人であるし、賛成か反対かと二者択一を迫られれば賛成なのだけれども、何か違和感を感じた。
「トラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突」あたりを発端として、言及なしトラックバックの是非についての話題が盛り上がり、「トラックバック論争」と言われ出したらしい。私も「トラックバックの想定する受益者」という記事で、「誰のためのトラックバックか」という視点からの分析を試みた。
冒頭で挙げた「文化圏の違いを理由に……」記事では「ライブドアブログのトラックバックスパム防止策導入についての文句をローゼンメイデン風に書いてみる」のコメント欄における一連のやりとりを取り上げて、"関連仲間文化圏"からの
要するに文化圏の違いなんです!
というコメント対して
「自分たちは関連仲間文化圏だから言及リンクなしにトラックバックを送信しても良いんです」という事にはならないと思うのです。 (かなり中略) 文化圏分類だけで自分の行動を正当化しちゃあいけないよ
と述べている。この大まかな流れ、つまり「文化圏が違うというのは、他の文化に対して傍若無人に振る舞っても良いことでは無い」という主張には賛同する。しかし、細かな点で違和感を感じさせるを得なかった。
私が感じた違和感の正体は、たぶん「無断リンク禁止」と唱えて暴れ回る類の人々に対するものと同種だ。"言及リンク文化圏"の人間が技術の力で自衛できるという点も大きく影響している。かつて、無断リンク論争の際には、無断リンクの禁止を希望する人々に対して、私たちWeb原住文化民は「そもそもはリンクは自由なものだ」「アクセス制限しようよ」と言った。別の言い方をすると、次のような主張であると考えられる。
これに対して、無断リンク禁止論者はただ異文化との接触における自分の不愉快を述べ、自分達に合わせて配慮せよと要求するだけだった。そこには文化圏に関する深い考察も、歴史的経緯の尊重も、Berners-Leeのような先人への敬意もなかった。だから説得力に欠けていた。
Web原住文化と新参文化との対立という点ではトラックバック論争は無断リンク論争に似ている。トラックバック論争においても、
という点は変わらない。"関連仲間文化圏"が"言及リンク文化圏"を侵犯することは好ましくない。この侵犯について
ともいえるが、しかし、"言及リンク文化圏"は単に、無用なトラックバックを削除すれば良いのであって、少しぐらい押しつけられても、文化が殺されるというところまでは至らない。"言及リンク文化圏"が「言及なきトラックバックの押しつけは迷惑だ」と言えるのは、存続の危機であるからではなく、専ら原住文化であるということに拠っている。
「文化圏の違いを理由に……」記事では、
言及リンクのないトラックバックはお断り、と注意書きしている所には送らないようにする、ではなくて、「言及もリンクも不要。スパム歓迎!」と明記しているBlogにだけ送るように心がけるべきだと思います。
とも言っているが、ここに私の感じる違和感が集中する。これを実行しようとすれば、"関連仲間文化圏"の生態系は崩壊しかねない。「本来と違う使いかたをしておいて何をいうか」「新参者が勝手な真似をしておいて、我儘を言うな」と考えるかもしれないけれど、私はせっかく形成されつつある豊かなコミュニティとメタデータの蓄積が失われることを惜しまずにはいられない。
統計データは持っていないし、実際のところ「ローゼンメイデン風」のコメント欄で とおりすがりさんが指摘するように、"関連仲間文化圏"は「100万人の内の何パーセントでしょうか」という疑問はある。けれども、新旧・多寡の問題ではなく、
と感じるのだ。「エイプリルフール企画 『コクジョウ』 復刻とか、『アカイイト』 ドラマCD通常版とか、感想系記事とトラックバックスパムというものについての考察(3)とか」は、"言及リンク文化圏"の住人の思想は捉えそこなっているように思うけれど、技術ために文化があるのでは無いという点で
トラックバックリングを形成している人たちは、実質的にこのシステムを最も有効利用しているグループのひとつだと思う
正直、トラックバックリングを構成したことがない人が、このやり方そのものを批判するのはやめて欲しいです。
というのは正しいと思う。トラックバックリングってよく分からないけれど、そこに確たる文化が形成されているのは分かるもの。そして、"言及リンク文化圏"が「明記しているBlogにだけ送るように心がけるべき」とまで言ってしまうと、
と感じる。
勿論、本来の使用法であり、原住文化である"言及リンク文化圏"こそ、確実に守られねばならない。だから、"関連仲間文化圏"が成長しすぎて"言及リンク文化圏"への侵蝕が目に余るようになってくれば、また対応しなければならないだろう。
というのは確実なのだから。そして、"言及リンク文化圏"の側が自衛するために、今回ライブドアが導入したトラックバック受信における選択肢(デフォルト設定の是非は別として)は良いことだ。言及リンクのない TrackBack ping を弾くプラグインも良いものだ。そして、"関連仲間文化圏"の「要するに文化圏の違いなんです!」を無条件に肯定するわけにはいかない。プラグイン導入という手間を原住民側に掛けさせるのはやはり、本来的には好ましくないからだ。
しかし、だからといって"関連仲間文化圏"を殺しかねないような、原住民側の「配慮の要求」もまた、無条件には肯定しかねる。今回は、
という理は移民の側にある。
という理は双方にある。だから、簡単にどうすればよいと結論づけられるものではない。私に提案できるのはぜいぜいこんなものだ。
そんな提案しかできない。ただ、ネットワークに古くより伝わる「送り出す時は厳密に、受け取る時は寛容に」の精神に基づき、できるだけ共存できる道を探せたらよいと願う。