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2006年10月28日

不快であることと、数の暴力と。

これまで「正しく」生きてきた人であればあるほど、自身が不快であることと、正しくあることとを無自覚に混同しがちなのかもしれない。

なるほど、あなたの感性は多数派のそれかもしれない。なるほど、あなたは真っ当に生きてきたかも知れない。だからこそ、あなたが不快に感じたこれまでの数々は道理に照らしても正しくないものであったかもしれない。けれども、あなたはその結果として、自身の不快感覚を原則に従って照合し、それが社会的に正しいか正しくないかを考えることを怠ってきたのではないか。

あなたがこれまで遭遇した不快な事柄というのは一つ残らず、誰に尋ねても「それは社会的に正しくない」というものであったかもしれない。けれども、それ故に道理と快/不快とを混同していないだろうか。それがいつでも合致するものでないくらい、落ち着いて考えれば分かる人であるだろうに。

不快であることを頼りに人を批判するならば、それはすぐさま数の暴力に堕す議論であろう。正しいかどうか考える習慣はついているだろうか。



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