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2008年01月26日

性同一性障害と仏教

私は仏教徒ではない。民俗神道は私の価値観に強く影響しているし、形而上の問題に関してはキリスト教も影響が大だ。私の理性は儒教はナンセンスと言っているけれども、私はまだ儒教価値観から脱することができていない。でも、私は仏教徒ではない。

たぶん、四苦という認識の枠組みや、その上での解脱という発想が気にくわないんだろう。

人間にとって生が苦痛を伴うものであるかどうか断言することはできない。でも、私にとって生は苦痛だ。生に多くの喜びがあるのと同様、苦痛があって、それは良くある話だ。私に関して言うならば、性同一性障害という問題は私にとってとても大きい。私の身体の有り様が私に苦痛をもたらす。だが、身体性から独立した人格、自己同一性はあり得ない。故に、私は、私が在る様が苦痛である。私は、私が生きていることが苦痛である。

だが、もうこれ以上の人間が、私のような思いをしなくてもすむのではないかと私は考えた。今の私はその考えから出発している。その果てにある発想として、苦のない生があるべきだと考えた。生からの脱出でなく。故に、私が理解している限りの仏教のことを、私は好きでないのだろう。そう気づいた。

でもなー、「苦のない生」を「生老病死のない存在」と言い換えたら、それは釈迦とどう違うんだ? と、今思った。



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