定義と注釈


性同一性障害について」で用いる表現のうち、次のようなものを対象に定義や注釈を記したいと思います。

性同一性障害やセクシュアルマイノリティそのものに関する大まかな説明は前節を参照してください。

ジェンダー論の議論及び命題論理に慣れた方は読み飛ばしていただいて結構です。

網羅的な辞書であることは目指していません。そのような辞書としては、下記のような優れたサイトがあるのでそちらをご覧ください。


同性愛/異性愛

社会科学的な視点でものを見る際には、同性愛/異性愛を性自認に応じて定義することが多いようです。例えばMtF TSの場合、その人の性自認は女性であるわけですから、その人が男性に恋愛するのは異性愛になります。

恋愛における心理や行動は遺伝子や身体的特徴よりは性自認によって大きく傾向が分かれます。つまり、MtFが男性に恋愛感情を抱いている場合、その心理・行動はヘテロセクシュアル女性の特徴的なパターンに似る傾向があり、女性に恋愛感情を抱いてる場合はレズビアン女性に似る傾向があります。FtMの場合も同様に、同じ性指向を持つ男性に似る傾向があります。従って、この定義は社会学上の議論をする上で有意義であると言えるでしょう。

医学的な視点でものを見る際には、逆に染色体の性を基準に置くことも多いようです。即ち、男性が好きなMtFの例であればそれは同性愛になります。

これは、発生学上の仕組みを考えた分類であると思われます。性指向と関連が深いと考えられている脳の部位が発生する過程を眺めると、上の例のMtFゲイ男性に似ているらしいです。

この場では、全体を通して前者の定義を採用します。

……とはいえ、性別構成要素の何れもが連続的な値を取りうるものである以上は同性愛/異性愛は明確に境界線を引けるものではありません。

レズビアンであってもその多くの人には僅かながら異性愛傾向が見られるでしょうし、逆に自他共に認めるヘテロセクシュアルであっても本当に同性愛傾向が皆無の人は稀でしょう。

また、例えばインターセクシュアルの人に恋愛感情を持っている人をうまく分類可能であるとは限りません。

決して完全な分類体系ではありませんが、全体の傾向を大まかに語る際に便利なので同性愛/異性愛の表現を用います。

レズビアン(Lesbian)

女性同性愛者を指します。

「詩人サッフォーがレスボス(Lesbos)島に美少女を囲った故事に由来するが、サッフォー自身はレズビアンではなくバイセクシュアルであった」とは有名な話です。

略語「レズ」に侮蔑的なニュアンスを感じて不快に思う人もいるため、略したければ「ビアン」を用いるのが無難です。

ゲイ(Gay)

合衆国の男性同性愛者たちが中心となって、当時差別的な意味合いの濃くなっていた「ホモセクシュアル」に代わって「Gay people(陽気な人々)」を自称したことに由来する語です。

広い意味で同性愛者全体を指しますが、男性同性愛者のみを指すこともあり、日本語でカタカナ表記で「ゲイ」と書いた場合は後者の狭い意味で使われていることが多いようです。

このサイト内では基本的に狭い意味で用います。

ヘテロセクシュアル(Heterosexual)

同性愛傾向に比べて異性愛傾向の顕著な人、即ち異性愛者を指します。

バイセクシュアル(Bisexual)

異性愛傾向と同性愛傾向の両方が十分に見られる人、即ち両性愛者を指します。

インターセクシュアル(Intersexual)

身体的に男女何れにも属さない人を総称してインターセクシュアル(Intersexual)と呼びます。外性器が男女の中間形態をとる場合や、外性器と内性器が食い違っている場合、外性器と遺伝子が食い違っている場合、男女両方の性器を持つ場合などがあります。

インターセクシュアルの人々の性自認は様々であって、必ずしも外性器の性と一致するとは限りません。彼らの研究の過程で、身体の性や性別役割・性指向とは別個に「性自認」というものがあることが発見されました。

遺伝子と性器との間に食い違いのあるタイプでは、本人や周りの人々もインターセクシュアルであることを知らないケースがあります。不妊治療のための遺伝子検査で初めてそのことを知ってショックを受けることもあるそうです。

インターセクシュアルは医学的には性器形成の異常であって、治療の対象となり得ます。しかしながら、幼少時に保護者と医師の判断のみで強制的に男女いずれかに振り分けることが可能なため、性自認とは異なった性器にされてしまうなどの問題が生じています。

「男女何れでもなくて良い。自分はあるがままの性でありたい」と考える当事者も多く存在することを考えれば、このような本人の意思を無視した強制手術は非人道的と言えるでしょう。

TS, TG, TV

身体的な性から見て「異性」にあたる性の服装をしようとする人をTV(Trans-Vestite)といいます。TVの性質を示す人の全てが性同一性障害(GID)ではなく、他の原因でもこの性質を示しうることが知られています。

身体的な性から見て「異性」にあたる性のジェンダーを有している人をTG(Trans-Gender)といいます。一般に、服装はジェンダーを構成する重要な要素であるため、TGTVの性質も示すことが多いようです。また、TGの性質はGIDの主要な症状であると言えます。

TGの中でも特に、自分の身体的な性に強い嫌悪感を持ち、身体的な性から見て「異性」にあたる性の身体へと改変しようと望む人をTS(Trans-Sexual)といいます。

「狭義のTG」とは、上記の「TG」には当てはまるが「TS」には当てはまらない人を指します。また、性同一性障害以外の理由でTVの性質を示す人を「狭義のTV」と呼ぶ場合もあるようです。

これらの関係については亜矢子氏思いつきメモの後ろの方に書いてある図が分かりやすいと思います。

日本ではTS/TG/TVを総称してT'sとも言いますが、外国では通じないそうです。

MtF, FtM

TSのうち、「身体的に男性だが、性自認は女性」である人を「MtF TS」といい、「身体的に女性だが、性自認は男性」である人を「FtM TS」と言います。

同様に、「FtM TG」「MtF TV」などの語もあります。

ニューハーフ(New Half:NH, 和製英語)

身体的に男性であるが、女性的なジェンダーパターンを纏い、主として男性を対象とする接客業(バーなど)に従事する人を表す俗語です。

……とはいえ、ホルモン投与やSRSにより身体が女性化していても、その職にある限りは「ニューハーフ」と呼びます。ですから、同語反復的ながら「ニューハーフバーの接客要員がニューハーフ」と定義するのが正確なのかも知れません。

身体的に男性でありながら女性ジェンダーを有していることがハンディにならない数少ない職種であるためか、MtFの性同一性障害者も他の職に比べて多いようです。しかし、一方では「窮極的には男性である」ことを要請される職でもあるので必ずしも性同一性障害者にとって居心地の良い場ではないとか。

ニューハーフの職に就いている人の多くは性同一性障害ではなく、ゲイ男性ヘテロ男性のようです。

おかま

俗語であり、明確な定義は難しいです。元々はゲイへの蔑称に由来します。「身体的に男性として生まれたにもかかわらず、ジェンダーロール・ジェンダーパターンの面で女性的な面を見せる人」というあたりでしょうか。

ゲイニューハーフTS/TG/TVも一緒くたに混同して、まとめて蔑視するための蔑称として用いられることもあります。

誤解・偏見に基づく蔑称として用いられる一方、誇りをもって自称する人もいる難しい用語です。神名龍子氏の「『オカマ』は差別語か!?」, 「続・『オカマ』は差別語か!?」などが参考になります。

おなべ

一般におかまの対義語と言われますが、どちらかというとニューハーフの対義語でしょう。ニューハーフの意で「おかま」と言うことも多いので間違いとは言いませんが。